富の象徴であったアンティーク十字架
ただでさえ絶対量の少ないフランスのアンティークジュエリーで更に「地方ジュエリー」となると、日本では皆無に等しいです。
このペンダントは南仏プロヴァンスのアンティークジュエリーで、「ビジュードプロバンス」と呼ばれるものです。
南仏プロバンス(南フランスの特に西側の方)は、地方色の出たアンティークジュエリーが見つかる場所です。
現地では「地方色の出たアンティークジュエリー」はそれだけでプレミアが付き、プロの中ではなおさら評価が高いです。
日本ではそこに価値を置かれる方は多くはないでしょうから、商売としては難しい部分がありますが、特に南仏はオーナーである私が数年住んでいたために、理屈では説明できない愛着を感じます。
円形を重ねあわせたようなクロスは南仏で古くから作られましたが、このような一つ一つのモチーフがお花の形をした金細工のクロスは1900年頃に作られます。
ビジュードプロバンスにおいて十字架の比率は多いです。
当時「富の象徴」として特にアルルを中心にした南フランスで、このようなクロスはソートワール(ロングネックレス)に通して着けられました。
「古い十字架」と言いますと聖職者の持ち物であったとか、「苦労を抱えた女性が着けていたのでは?」とおっしゃる方がいて驚くことがあるのですが、こうしたクロスは当時まさに富の象徴でした。
赤いシンセティックルビーと黒エナメル
ビビットな赤石はとても綺麗で目立ちますが、こちらは天然ルビーではなくシンセティックルビーです。
ベルヌイ技法によるルビーが作られはじめた超初期の頃の石ということになります。
後年のシンセティックルビーよりピンクが強すぎず、一つずつの石だけ見ればナチュラルルビーと見まごう赤のしっかり出た美しい色です。
台座の下部にのみ黒いエナメルが施されています。
このように底部のしかもくぼんだ部分にだけ入れるのは技がいりますが、当時の南仏のクロスのエナメルはこのように底部にだけ入れたのです、面白いですね。
赤と黒の斬新な色使い方も洗練されています。
19世紀の地方ジュエリーとは異なる洗練さを持ちながらも、同時に特に金細工に繊細さが残った美しいクロスです。
1900-1910年頃のフランス製。
18金ゴールド。
注:チェーンはついていません。
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フランスの地方ジュエリー
フランスのアンティークジュエリーの大半は、パリを中心とした貴族社会を中心に展開します。
しかし地方特有の特徴が見られるジュエリーもあります。
地方ジュエリーと中央のジュエリーとの発展とは大きな違いがあります。
それはパリを中心にしたジュエリーは常に、貴族社会から展開していること。
一方で地方のジュエリーは17世紀までは貴族の装飾様式を模しながら、既に18世紀初頭からその地域特有の発展を見せ、その地域の有力な商家がその主役になっているところです。
そうした意味でいわゆる貴族的なソフィストケートとはまた異なった魅力を持ちます。
下記はプロの中で「良書」として長く愛好されてきたフランスの地方ジュエリーに関する本ですが、残念ながら今は廃盤です。
(フランスは歴史的に中央の政治戦略が強く、地方特有の衣装や装飾品は、長年あまり研究の進まなかったという側面を持っています)。
表紙になっているのはMariette Dayreの肖像画(1860年)。
南フランス、アルルのアルラタン博物館に所蔵されています。
この地域特有の衣装と、ソートワール(ロングネックレス)に3連になった短いネックレス。
大きめのイヤリングピアスにブローチ、髪飾りと当時のアルル地域の貴婦人のジュエリーを今に伝えてくれる絵画です。
ビジュードプロバンスの歴史
地方ジュエリーがもっとも豊かにみられるのは南仏(プロバンス、プロヴァンス)です。
南仏には特有の文化や衣装が発達し、経済的に豊かな場所でした。
この地域で作られたジュエリーを「ビジュードプロバンス(bijoux de provence)」と呼びます。
南仏と言っても広いのですが、いわゆる「プロヴァンス地方」の西のエリア。
特にフランスの中央から独立していた時代も長く経済的に豊かであったアルル(
アルルはフランスではおそらく唯一、少量ながらダイヤモンドが採掘された地域でもあります)、あとは港を持ち地中海貿易の中心地として発展したマルセイユ、プロヴァンス公国の首都であったエクサンプロヴァンスです。
この地域では、既に16世紀に「地域特有の衣装」が作られ始め、18世紀の後半には定着します。
ジュエリーは、必ず衣装(コスチューム)と共に発展するため、フランスで地方特有のジュエリーが生まれる可能性を最も多く持ったのがこのプロヴァンス地域でした。
地方ジュエリーが大きく発展するのは、18世紀を通じてです。
下記は画家Antoine Raspal(1738-1781)によるアルルの女性の肖像画。
Granat美術館所蔵。
胸元にマルタの十字架、腕にブレスレットが描かれています。
様々なビジュードプロバンス
以下にビジュードプロヴァンスの典型的なジュエリーをいくつか挙げます。
アルル地域で作られたアルルのダイヤモンドのリビエールネックレス。
こちらも南仏のネックレスでとても古い時代のものです。
こちらは南仏のストマッカー。
ストマッカーと言いますとノルマンディー地方のジュエリーのイメージが強いかもしれませんが、南仏特有のストマッカーも少なからずあります。
南仏のリングは特徴的で、下記のリングは二重に波状に広がる独特の花びらの作りでアルルのリングであることが分かります。
ビジュードプロヴァンスに、十字架(クロス)の比率はとても多いです。
なぜならこの地域では、クロス(あるいはソートワール)こそが「富の象徴」であったからです。
プロヴァンスの十字架にはいくつかのとても特徴があるデザインが見られます。
例えば下記は、当店で販売済みの「Croix Capucines」と呼ばれるタイプのもので、コーン型の頂上に小さなローズカットダイヤモンドをセットします。
また南仏のクロスでは、キリストは描かれません。
下記も南仏の特徴が出たクロスです。
花の形をしたモチーフで描かれたクロスは、19世紀末から見られます。
モチーフの底部に黒いエナメルが入れられたものも南仏のクロスでよく見ることができます。
南仏のソートワール
南仏プロヴァンスでは、ソートワールの「連の多さ」は社会的ステータスを表すと考えられていました。
そしてチェーンに十字架やメダル(メダイヨン)、時には時計を通しました。
時計を通すときはあらかじめ胸の辺りにそれ用の小さなポケットも作られました。
下記は1900年頃の絵葉書で描かれた「アルルの女性たち」。
当時のソートワールの装いが分かる一枚です。
マルセイユでは、子供が生まれるごとにこの連を一つずつ足していきました。
下記は1866年に描かれたマルセイユの女性。
首に何連ものチェーンを重ねています。
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