手のひらに拡がる、ステンドグラスの色彩美
アンティークエナメルの中でも特に高度な技術を要する「プリカジュールエナメル(Plique-a-jour Enamel)」。
プリカジュールエナメルは、裏に薄板をあててそこにエナメルを施し、後にその薄板を酸で溶かしとるエナメル技法で、いわゆる金属板がなく金属枠のみによってエナメルを支える特別なエナメル技法です。
西欧のジュエリーの歴史は、キリスト教に影響を受けて発展してきた部分が多いですが、やはり教会のステンドグラスのイメージをジュエリーに取り入れたものです。
フランスでは時にアールヌーボー期に好まれた技法で、かのルネラリックはこのプリカジュールエナメルの旗手として有名になりました。
光を通す半透明の美しい七宝、美しいい色のグラデーションと金細工がポイントです。
光にかざすと、そこには小さなステンドグラスの世界が広がります。
しかしここで忘れないでいただきたいのは、このペンダントの直径はわずか1.7センチであると言う点です。
教会のステンドグラスのガラスでは、このペンダントのような薄く小さなジュエリーを作ることはできません。
ですからエナメルで表現しているわけですが、何といってもプリカジュールエナメルは金属の下地がないのですから、その難易度たるやら想像を絶します。
よく見ますと、エナメル部分はわずかに盛り上がっています。
本当にどうやって製作したのか、神業としか言えません。
合計7色の優美な色の世界
通常プリカジュールエナメルは1-2色のグラデーションのことが多いですが、このペンダントは小さな面積の中になんと7色ものエナメルが施されています。
圧巻なのは特に下地部分で、内側からウォームレッド、ライトイエロー、ライトブルーと放射線状に色が切り替わっています。
そしてモチーフは十字なのですが、この部分が前述しましたように少し凸状になっており、青、ピンク、緑、赤の色が使われています。
これほど小さな面積の中で、これだけ多色のプリカジュールエナメルを施した作品を私は見たことがありません。
しかも最後にもう一つのサプライズ、このペンダントは表裏のない両面が全く同じ作りになっているのです。
十字モチーフの膨らみも両面にあります。
このプリカジュールエナメルのペンダントは、どのようにして製作されたのでしょう。
アンティークジュエリーでは時々、私たちディーラーにもどうやって製作したか分らないほど高度な技術を見つけることがあり、その度にアンティークジュエリーの魅力の深さを感じます。
1890-1900年頃、アールヌーボーのジュエリー。
地金は18金ゴールド(フランスの金の刻印が引き輪部分に押されています)。
チェーンは付属しません。
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アンティークジュエリーで時々登場するエナメル。
その柔らかな質感は、どんな高価な宝石を使用したジュエリーにもかえがたい魅力があります。
エナメル(七宝焼き)とはさて一体どのようにして作るのでしょう?
エナメルはゴールドや銀などの金属製の下地の上に釉薬(ガラス質、鉱物質の微粉末を水と糊でペースト状にしたもの)を乗せ、摂氏800度前後の高温で焼くことによって作られます。
融けた釉薬によるガラス質の美しい彩色を施す技術です。
その歴史は古代エジプトにさかのぼり、19世紀後半にかのジュリアーノ一族によって一躍脚光を浴びます。
19世紀後半にルネッサンス様式に着想を得たエナメルの重ね塗りで、一世を風靡。
白・黒、ブルー・白の点描などが有名です。
カルロジュリアーノの二人の息子、カルロとアーサーが父の跡を継ぎ、ジュリアーノ一族のエナメルワークは更なる発展を見せます。
またスイスジュネーブのスイスエナメル、フランスリモージュ地方のリモージュエナメルも人気です。
アールヌーボー時代には、透明なエナメルも好んで用いられました。
アンティークのエナメルジュエリーももともと数が少なく、今後ますます手に入らなくなること必至です。
下記では特徴的なエナメル技法について、個別に記します。
クロワゾネエナメル
アンティークジュエリーで見られるエナメル(エマイユ)技法のひとつで、エナメルの中でも高度な技術を要するエナメルにクロワゾネエナメルがあります。
クロワゾネエナメルとはいわゆる有線七宝のことです。
土台となる金属の上に1mmにも満たない金線を貼り付けて輪郭線を描き、できた枠内をエナメルで埋める装飾技術です。
基本的に金属の上に施されますが、下記では何とクリスタルの上にクロワゾネエナメルが施されています。
アールヌーヴォーの時代に日本の有線七宝の影響を受けて、それがフランスで進化し、鮮やかな発色のエナメルがアンティークジュエリーが生まれました。
フランスのアンティークジュエリーにおいて、クロワゾネエナメルによく用いられた色は赤や青、黒、白、緑などです。
「クロワゾネ(cloisonne )」はフランス語で「仕切られた」という意味からきています。
プリカジュールエナメル(Plique-a-jour Enamel)
フランス語で「Plique-a-jour Enamel(letting in daylight)」。
金属の下地がなく、金属枠のみによってエナメルを支える特別なエナメル技法です。
熱することで、エナメルが透き通ります。
プリカジュールエナメルとアールヌーボー
プリカジュールエナメルの技術は中世から存在しビザンチン帝国下で発展しましたが、19世紀になるまでにほとんど用いられてなくなっていました。
それが1890年頃に、アールヌーボーのジュエラーによって最高レベルに高められて蘇ります。
プリカジュールエナメルは、アーティスティックな構図を好んだアールヌーボーのジュエリーに特に好んで用いられました。
かのルネラリックはこのプリカジュールエナメルの旗手として有名になりました。
下記は1900年頃
にルネラリックが製作したアクアマリンとダイヤモンド、プリカジュールエナメルのペンダントです。
2019年にクリスティーズで競売にかけられました。
(c) Christies
チャーチウィンドウ
裏から光りを当てるとステンドグラスのように光が透けます。
イギリスではプリカジュールエナメルのことを、「チャーチウインドウ(church window)」と呼ぶことがあります。
そもそもプリカジュールエナメルは、教会のステンドグラスの壮麗な美しさをジュエリーで表現しようと思って出来たエナメルです。
しかしその構造は異なります。
ステンドグラスに使われているガラスは細かくカットすることも薄くすることもできませんから、ジュエリーのような小さな物は作れないのです。
プリカジュールエナメルの色
複数の色合いを用いたり、美しいグラデーションを出すのは至難の技です。
下記は当店で販売済みのプリカジュールエナメルのペンダントトップです。
7色のエナメルが用いられていますが、これは想像を絶する難しさです。
と言いますのも、エナメルは色によって温度を変えて熱を加えていきます。
7回も炉に出し入れをして加熱するわけですから、1-2色のエナメルよりずっと難しくなるのです。
1900年前後にかけて多くの作家、あるいは宝飾メゾンが好んでプリカジュールを用いたハイジュエリーを手がけます。
下記は推定1900年頃、ジョルジュ・フーケのオパールとエナメルのペンダント。
数年前にササビーズ ロンドンに出展され高値で取引されています。
ギロッシュ(ギロシェ)エナメル
ガラス質は半透明なので、金属に地模様を彫ることで繊細で美しい模様を表現出来ます。
その特徴を存分に活かしたのが、ギロシェエナメルです。
「ギロッシュ(ギロシェ ギヨッシュ)エナメル guilloche」はアンティークジュエリーに使われたエナメル技法のひとつです。
ギロシェエナメルとは、通常のギロシェ(エンジンターンを使って金属にギロシェを施す)の上に、透明あるいは半透明のエナメルをかけて下地の線刻模様を浮き出す技法のことです。
彫金加工された金属の表面に透明から半透明の釉薬をかけます。
金属の表面に同心円、放射状など繊細な模様を彫りこみ、そのうえに半透明のエナメル質をかけるのです。
金属の彫刻の上にエナメルをかけると、彫刻の深い浅いによって、エナメルの色が濃淡が生まれ、色合いの深みにつながります。
ファベルジェのギロッシュエナメル
帝政ロシア時代の奇才ファベルジェ(1846-1920年)の得意とした技法として知られています。
下記は数年前にササビーズに出展されていた、ファベルジェのギロッシュエナメルのシガレットケース(推定1904-1908年)。
これだけの作品ですが銀製です。
エナメルの色合いの美しさと彫りの美しさの両方を楽しむことができる、アンティークジュエリーにおいても非常に愛され、探されているジュエリーです。
カルティエのギロッシュエナメル
カルティエも特に20世紀初頭、時計などを中心にこのギロッシュエナメルを好んで用いています。
下記は推定1920年頃、カルティエのカフスボタンです。
小さな面積の中に美しい、ギロッシュエナメルが施されています。
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