エナメル彩色クリスタルペンダント(オウム、インコ、サインドピース、1910年代)

まさにポールポワレの提唱したファッションの中で作られたジュエリーです このペンダントトップはこれまでシェルシュミディで扱ってきたアンティークジュエリーの中でも、ずばぬけて珍しいアイテムです。
1910年代のはっきりとした特徴が出ています。
エピソード欄にも詳しく掲載いたしましたが、ポールポワレがパリを席捲していた頃のファッションの中で生まれたジュエリーです。
この時代、女性はコルセットから解放され、ストンとしたハイウエストのドレスを着用していました・
そうした膨らみのあるストンとしたドレスの必需品であったのが、特徴的なペンダントネックレスです。
こうしたクリスタルやラリック社のガラス屋クリスタルのペンダントが流行したのは1910年前後からで、1920年代に入っても残りますがデザインがもっと幾何学的なアールデコらしいシェイプに変わっていきます。
そのため、このペンダントは非常に細かく時代を遡ることができるのです。
透明度のあるボリュームあるペンダントはまさにこの時代のファッションの産物で、こうしたペンダントを中間色の糸で胸元に通します。
このペンダントも直径が5.3センチと大きさがあり、この時代のストンとした丸みのあるドレスの胸元に飾るのにぴったりだったのです。
そして何とサインドピースでもあります 技法的にも面白く、極めて高度です。
まず全体がガラスではなく、クリスタルでできている点。
はじめ私もすぐに気づかずにいて、ディーラーさんが言うとおりメモにかざして字が大きくなったときには驚きました。
円形の大きなクリスタルは、ゴールドで縁取られており、高価なジュエリーであったことも分かります。
装飾はすべてエナメル。
多色使いで、ところどころに金彩が施された只者ならぬ、素晴らしい出来のエナメル細工です。
またサインドピースでもあり「a.h」のイニシャルが入っていますが、残念ながら誰なのか判明しませんでした。
モチーフはオウムです。
おうむ(Parrot)は寓話にも出てきますし、アンティークジュエリーでも時々モチーフにされますが、特に1910年以来飼い鳥としてヨーロッパで人気が出ます。
おうむとインコは主に外観上の違いとサイズの違いで、この場合のParrotは日本語にしたときはインコのほうが近いかもしれません
この時代、度々おうむ(いんこ)をモチーフにしたジュエリーが作られたのはそのためです。
特定の時代の美しさを今に伝える、希少性の高いジュエリーです。

  • 幅:53mm 
    重量:26.3g
  • 販売価格:売り切れました。

エナメル彩色クリスタルペンダント(オウム、インコ、サインドピース、1910年代)

世界にひとつだけの一点もの

  • 流れるような美しい筆のライン、秀逸なエナメル画で、額に入れたくなるほどです
  • 長めに着けてみましたが、チョーカー風に短めにしたほうが綺麗かもしれません
  • 色彩豊かなインコにエギゾティックな果物。当時のオリエンタリズムも見れます
  • 裏面。エナメルもとても良い状態で残ってます
  • 側面のゴールドの縁取り。光を当てた時は幻想的な美しさ
  • エナメル彩色クリスタルペンダント(オウム、インコ、サインドピース、1910年代)
  • エナメル彩色クリスタルペンダント(オウム、インコ、サインドピース、1910年代)
  • エナメル彩色クリスタルペンダント(オウム、インコ、サインドピース、1910年代)
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  • エナメル彩色クリスタルペンダント(オウム、インコ、サインドピース、1910年代)

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エナメル彩色クリスタルペンダント(オウム、インコ、サインドピース、1910年代)

[通販価格:税込]:売り切れました。

アンティークエピソード[Antique episode]

ポールポワレ(Paul Poiret)からギャルソンヌルックへの変遷

20世紀初頭のパリファッションは「ポールポワレ」を抜きに語ることはできません。
ポールポワレ(paul poiret)20年代初頭に活躍したファッションの王様です、。
1879年にパリに生まれ、1901年からオートクチュールの創始者であるウォルトのメゾンに入ります。
1903年、自身のメゾン、「ポール ポワレ(Paul Poiret)」を設立。
1910年代にかけて多くのデザイナーや技術者を組織化して、女性用ズボン、香水、プリント地、カーテンなどのデザインをプロデュースしていきます。

ポールポワレが提唱していたファッションは、コルセットから解放された、自然な体にあう服。
自然なままの肉体(プリミティブ)を想定して、旧来より大胆で自由な色や形で洋服を作って、名プロデューサーとなったのです。
1911年には、動きやすさを追求してデザインした「キュロットスカート」を発表。
その他、ランプシェード型のチュニックなど次々と革命をもたらします。

下記はイラストレーターPaul Iribeが描いた「ポールポワレのドレスより(from Les Robes de Paul)」の挿絵で、1908年に描かれたものです。
ちなみにPaul Iribeは一時期ココシャネルの恋人でもありました。
ポールポワレ

第一次世界大戦画終わると、第一次世界大戦によって外へ働きに行くことを強いられた女性たちは、大きな社会進出を遂げます。
1920年代になるとファッションは更にモダンになり、ポールポワレの打ち出していたファッションもコルセットを外したとは言え、機能性の面でやや時代遅れとなっていきます。
「ギャルソンヌルック」と呼ばれる、より大胆でモダンなファッションに変化していきます。
長い髪は耳下で揃えられます。
変化したのは髪型だけではなく、女性のファッションが大きく変化します。
お洋服はもちろんのこと、この時代に多く作られたのが女性の化粧小物や喫煙道具、バッグ等。

1920年のピアスは、たいてい縦長でストンと落ちるスタイルのものが多いです。
これはもちろん当時のお洋服や流行と関係しています。
ピアスが長くなったのは、髪が短くなったから。
当時のウエストラインを落としたストンとしたドレスに、髪はボーイッシュに短く、ピアスで首元を主張するのが粋でした。
下記は当店で販売済みのアールデコのピアス(1920年代)。
クリソプレーズとダイヤモンドの超ロングピアス(1920年頃フランス、クリソプレーズ、18金ゴールド)

ネックレスもやはり長くなり、ペンダントや飾り房をつけて長さを出すことをしていました。

ところで20世紀初頭以前はまだ写真がありません。
それゆえ、ファションプレートといういわばファッションの挿絵を描くプロがいました。
雑誌ができる前は、こうしたファッションプレートが新聞に掲載され、お洒落な上流階級はそれを切り取ってスクラップにしていたそうです。
20世紀初頭からアールデコにかけてのモダンファッションを知るのに、ジョルジュ・バルビエのイラストはお薦めです。

下記はジョルジュ・バルビエの1912年のイラストです。
ジョルジュバルビエとは当時のイラストレーターで、当時の著名なファッション誌(ガゼット・ドゥ・ボントン、1912-1925年発行)にファッションプレートを描いていました。

ジョルジュ・バルビエ

1920年代に入るとジョルジュ・バルビエのイラストもよりボーイッシュでアールデコの影響が強く出たファッションになっていきます。
下記は1920年頃のファッションを描いたバルビエの「Les Belles Sauvagesses de 1920」。
20世紀初頭のファッションの変遷を感じることができますね。

ジョルジュ・バルビエ

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