ヴィクトリア時代初期の王道を行くクラシックで美しい指輪
クラシックな魅力のイギリス、ヴィクトリア時代の指輪です。
刻印はないですが(刻印はイギリスでもフランスでも19世紀を通じて発展していきますので、特に19世紀前半までのものはないものもかなり多いです)、15ctゴールドであることが分かっています。
15ctゴールドは公式には1854-1932年の間に用いられた金位とされていますがもっと古い時代から実用され、実際にはジョージアンの時代のジュエリー大半が15カラットゴールドで作られています。
イギリスのある時代以外では使われなかた金位ですので、15ctゴールドであると言うことである程度古い年代のものであることが分かります。
この指輪は、そのクラシックな装飾様式から判断して1850年頃のイギリスで作られたものと推定できます。
この時代、中世を回顧する動きが見られ、ルネサンスや中世の影響を感じさせるような少しレトロでクラシックな装飾様式が流行します。
宝石はエメラルドとダイヤモンド。
エメラルドはクローズドセッティングされ、ダイヤモンドがオープンセッティングになった手の凝った構成になっています。
ベゼルの側面には半円状のデコレーションが金細工で施されています。
ショルダー部分の金細工も横長で広範囲にわたり、いかにもアーリーヴィクトリアンらしい存在感ある金細工です。
ヴィクトリア時代初期のジュエリーの王道を行く、状態も良い美しいリングです。
澄み切ったエメラルドカットのエメラルドグリーンのエメラルド
エメラルドの色がかなり特徴的です。
淡い色合いの、透明感ある美しいエメラルド。
この時代のエメラルドは石の内部が濁っているものも多いですが、澄みきっています。
エメラルドカットにされ、ゴールドの爪でしっかり留められています。
ダイヤモンドもドキッとするほど透明度が高く、両端のダイヤモンドは少し縦長の楕円形、中心の一番大きなダイヤモンドはスクエアに近いカッティングです。
指輪サイズは15号(有料でサイズ直し可)。
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「ヴィクトリアスタイル、ヴィクトリア時代等々」アンティークジュエリーがお好きな方なら、一度は耳にしたことがあるでしょう。
「ヴィクトリアンアンティークジュエリー」とは、19世紀イギリスヴィクトリア女王の在位の間に作られたジュエリーのことです。
ヴィクトリア女王の在位は1837年から1901年、実に60年以上になります。
イギリス史においても郡を抜いた御世の長さで、英国初の女帝でもあります。
18歳にて即位、母方の従弟に当たるザクセン=コーブルク=ゴータ公子アルバートと結婚。
ヴィクトリア女王は、英国の最も輝かしい時代の女王で、その治世は「ヴィクトリア朝(1837-1901年)」と呼ばれます。
夫、アルバート公との愛も伝説として残っています。
この時代イギリスは世界各地を植民地化して、一大植民地帝国を築きあげます。
その治世の長さから19世紀ヨーロッパの王族貴族に絶対的な影響力を及ぼし、アンティークジュエリーにおいてもヴィクトリア朝、ヴィクトリアスタイルのジュエリーは他の時代のジュエリーに群を抜いて多いです。
この時代に作られたジュエリーをヴィクトリアンジュエリーと呼ばれます。
ヴィクトリア時代(1837-1901年)には多くのジュエリーが作られました。
「ヴィクトリアンジュエリー」は一言で言うには長いので、下記のように3つの時代に区切ることも多いです。
1)ロマンティック時代(1837-1860)
若かりしヴィクトリア女王の若さがジュエリーにも反映された時代。
文化的に中世を懐古する動きがあり、この頃のジュエリーのデザインはルネサンス及び中世の影響を受けたものが多く見られます。
ルネサンス回顧は1829年頃から始まります。
特にルネサンスからインスパイアされた「フェロニエール」と呼ばれる、リボンで額につけるジュエリーが一世を風靡します。
下記は当店扱いのヴィクトリア時代初期のエメラルドの指輪。
手の凝ったロマンチックなショルダーなど、中世を回顧しようなクラシックな装飾様式が見られます。
モチーフとしては何と言っても自然界のものが多く、フラワーブーケット、枝、葉っぱ、葡萄、ベリーをモチーフにしたジュエリーが作られます。
この時代のジュエリーのことをジュエリー用語で「ナチュラリズム(自然主義)」と呼ぶことがあります。
ナチュラリズムについては別途、詳しく記しましたのでご参考ください。
自然主義(ナチュラリズム)のアンティークジュエリー
またお花とそのシンボルをジュエリーに取り入れたり、蛇のモチーフのジュエリーがその全盛期を迎えます。
フランスが、この時代にアルジェリアを植民地にしたことから、タッセルや結び紐、花綱模様に代表されるアッシリアスタイルがジュエリーの世界にも入り始め、特に蓮華模様は以降40年間隆盛します。
下記のペンダントにもアーリーヴィクトリアンの特徴が良く出ています。
2)グランピリオド時代(1860-1885)
この時代、一部の女性たちが教師や工場官の仕事に台頭し、選挙権を得るために戦い、1870年の法律改正で自らの稼ぎを自分のものにすることが初めて認められました。
女性のファッションは大きく変化し、デコルテの開いた服と斜め後ろに髪を束ねることが流行します。
ジュエリーの世界では1860年頃より1880年代の終わりまで、知的階層を中心に古代ジュエリーのリバイバルに沸きます。
この時代のジュエリーのを「アーケオロジカルスタイル(古代様式)」と呼びます。
これは1870年頃までに考古学上の発見が相次ぎ、古代ジュエリーの詳細が初めて明らかにになったためです。
そして多くのジュエラーが、古代ジュエリーを模したジュエリー、時には完全にコピーをしたものを製作します。
現代ではいわゆるこのようなレプリカ(完全な模倣)は良いことではないとみなされますが、当時は古代ジュエリーのレベルがあまりに高かったため、古代ジュエリーを模すことはクリエイティブな作業であると考えられていました。
「古代様式」のジュエリーで名をはせたのはカステラーニとジュリアーノです。
下記はヴィクトリアアルバート美術館所蔵、カルロ・ジュリアーノの1865年頃製作のアケオロス(ギリシャ神話の神の一人)のネックレスです。
(c) Victoria & Albert Museum, London
ジュリアーノは、エジプトのシンボル、スカルベをジュエリーモチーフに取り入れ、ギリシアやエトルリアのリバイバルも起こり、グラニュレーションなど古代の宝飾技術が研究します。
カステラーニとジュリアーノについては、より詳しく記したエピソードがございますのでご参照ください。
カルロ・ジュリアーノ(Carlo Giuliano)一族とカステラーニ(Castellani)のアンティークジュエリー
その他、この時代にピケ、ロッククリスタルで作られたリバースインタリオ、スティックピンかカフスボタンが流行します。
モチーフで言うと、お花やモノグラムの他、昆虫や蝶、蜂、蜘蛛なども出現しはじめます。
モーニングジュエリー(喪のジュエリー)が生み出されるのもこの時代です。
ヴィクトリア女王が42歳の時に夫アルバートを亡くします。
女王は悲嘆し、常に喪服を着用するようになり、数年に渡り公の場に姿を現さなくなります。
その中から生まれたのがジェットを使ったモーニングジュエリーです。
ジェットのジュエリーについては、別エピソードで詳細をまとめておりますのでぜひご参考ください。
アンティークジェットとモーニングジュエリーについて
3)耽美主義時代 Aesthetic period(1886-1900年頃まで)
ヴィクトリア時代の末期。
グランピリオド期の大ぶりで格式ばったジュエリーへの反動が起こります。
厳格なしきたりや格式ばったジュエリーは影を潜め、ジュエリーに明るさや軽さが戻ってきます。
下記はヴィクトリアンの最後の時代に作られたダイヤモンドリング。
色鮮やかな明るい指輪です。
ヴィクトリア女王と夫アルバートの名を冠した美術館がロンドンにはあります。
ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館(Victoria & Albert)です。
近年、ヴィクトリア&アルバート美術館内に宝石をテーマにした新しいギャラリーがオープンしました。
The William and Judith Bolinger Jewellery Gallery」と呼ばれるこのギャラリー。
展示されるのは18-19世紀から20世紀前半にかけてのヨーロッパのアンティークジュエリーを中心とする宝飾品計3500点あまり。
イギリスエリザベス1世の宝飾品からフランスナポレオン帝政時代の絢爛豪華なジュエリー、サンペテルスブルグの秀逸なファベルジェのジュエリーなど。
800年に及ぶヨーロッパのジュエリー史を網羅するこのギャラリーは、特に19世紀ジュエリーまた20世紀の指輪が充実しています。
アンティークエピソード集のページでは、様々なアンティークに関するエピソードをご覧いただけます。
アンティークリング、アンティークネックレス、アンティークピアス、アンティークブレスレット等、希少なヨーロッパのアンティークジュエリーを随時100点以上揃えています。
シェルシュミディで取り扱うアンティークジュエリーは、全てオーナーが直接フランス、イギリスを主としたヨーロッパで買い付けてきたものです。