--- アンティークジュエリーについて ---アールヌーボー(アールヌーヴォー)のアンティークジュエリーの特徴と魅力

知られざるアールヌーボーの本質 しなやかな曲線と自然への感性。
日本でも人気の高いアールヌーヴォー様式ですが、その「本質」は意外に知られていません。
アールヌーヴォーは19世紀末(1900年前後)、あらゆる芸術領域を席捲した装飾様式です。
ジュエリーの世界でアールヌーボーは、「貴石をシンメトリーにセッティングした従来のジュエリー作り」から「宝石的価値ではなく色によって選別した石を、美しく彫金されたゴールドにニュアンスカラーのエナメルと共にセットしたジュエリー」への脱皮をもたしました。

アールヌーボーと言うと柔らかな曲線から「ロマンチックな自然主義」と言うイメージが強いことでしょう。
しかしその根底には世紀末ならではの「デカダンス」があります。
溢れんばかりに花をつけた枝や、豊かに広がりうねる長い髪といったアールヌーボーの典型的な図柄の裏には、「自然の残酷さや死」が念頭にありました。

アールヌーボー サイン入りリング J Guerin(1902年)

アールヌーボーのジュエラーとパリ万博(1900) 
ジュエリー界でもっとも早く「アールヌーボー」の言葉を使い出したのは、ルネ・ラリック(Rene Lalique)。
下記は1902年にイギリスで発行された「Magazine of Art」に掲載されたルネラリックのジュエリーデッサンです。
女性の顔と睡蓮が描かれたペンダントのデッサンですが、この頃はまだルネラリックはロンドンでは広くは知られていませんでした。

アールヌーボールネラリック

1900年のパリ万博では、ルネ・ラリック、メゾン・ヴェヴェール(Maison Vever/ヴェヴェール工房)、ルシアン・ガリヤール(Lucien Gaillard)の3人がジュエリー部門でグランプリを獲得します。

下記は1900年頃に製作された、ルシアン・ガリヤールの青い鳥の髪飾り。
鼈甲とプリカジュールエナメル、目の部分にダイヤモンドが入れられています。
アールヌーボーは東洋の美意識、特に日本の芸術に強い影響を受けましたが、この作品は私たち日本人が見ても、日本的な美しさを感じる作品ですね。

ルシアンガリヤール

この万博では、ジョルジュ・フーケ(Georges Fouquet)とウジェーヌ・フィアートル(Eugene Feuillatre)が金賞を受賞しました。
ジョルジュ・フーケは1898年にランの花をモチーフにしたジュエリーでアールヌーボーの作品を初めて手がけます。
そしてポスターアーティストのアルフォンス・ミュシャと一緒に、いくつものプレートをチェーンでつなげたジュエリーを発表します。
下記は1900年にアルフォンス・ミュシャがデザインした、宝石商ジョルジュ・フーケの店舗です。
ステンドグラスやモザイクタイルの装飾等、ミュシャがポスターの中で描いたアールヌーボーのテーマや曲線が再現されています。
今日、このインテリアショップの内装は、パリのカーナヴァル美術館で見ることが出来ます。

アールヌーボー、ミュシャ

また同年代のジュエラーの中でルネラリックと並び賞賛を浴びていたのが、ベルギーのジュエラーであるフィリップ・ウォルファー(Philippe Wolfers)です。

アールヌーボージュエリーの技法 エナメル技法
アールヌーボーは高価な宝石より、「色」によって宝石を選別したことは先にも述べましたが、それ以外の素材として愛されたのがエナメル。
特にプリカジュールエナメルは、ルネラリックが得意として一世を風靡しました。
下記は1903年にルネラリックが製作したパンジーのブローチ。
プリカジュールエナメルにサファイヤ、ゴールドで出来ています。
アメリカのウォルターズ美術館(The Walters Art Museum)所蔵。

パンジーのブローチ

金属の下地がなく、金属枠のみによってエナメルを支える特別なエナメル技法で、ステンドグラスのように光が透ける、最も繊細優美なエナメル技法といえます。
特にニュアンスカラーを出すのに優れています。
下記は当店で販売済みのプリカジュールエナメルのペンダントネックレスです。

アンティークプリカジュールエナメルペンダント(4色 大きめサイズ)

自然素材
アールヌーボーのジュエリーで忘れてならないのは、鼈甲やホーン(羊やヤギなどの動物の角を彫刻して使いました)などの自然素材です。
例えば下記は当店で販売済みの、ホーン製のペンダントです。

ホーン製マーガレットペンダント(アールヌーボー、マーガレット)

花や昆虫などを、その生命を、ホーンを削り、染色し、彫刻を施すことで描いたアールヌーボーのジュエラーたち。
こうした自然素材は宝石のような素材そのものの希少性というより、当時のジュエラーのみなぎるような創造の力、そして技術を感じられるところに価値があります。

金細工
アールヌーボーの特徴の一つは、職人気質。
フレンチアールヌーボーでは金細工の秀逸な作品が目立ちます。
20世紀には入ると今度はプラチナがジュエリーの世界に登場し、アールデコ期以降は段々にこうした繊細な金細工のジュエリーが衰退していってしまいます。
アールヌーボーの頃は、トップレベルの金細工のアンティークジュエリーが作られた最後の時代と言えます。
アールヌーボーのジュエリーではほぼ例外なくゴールドはイエローゴールドが用いられています。
しかしカラーゴールドの技術も高く、YGをベースに緑を帯びた「グリーンゴールド」やピンク帯びた「ローズゴールド」も取り入れて2カラーゴールド、3カラーゴールドになったジュエリーも製作されました。

下記は当店で販売済みのアールヌーボーのお花のブローチ。
細い雄しべや雌しべまでが瑞々しくゴールドで描かれた、写実的なアールヌーボーの美しさが堪能できます。

アールヌーボーの花のブローチ(1890年頃/フランス/18金ゴールド)

アーツアンドクラフツ 当時フランスのアールヌーボー(art nouveau)と同じような職人芸術がイギリス(アーツアンドクラフツ)やドイツ(ユーゲント・シュティール)で起こります。
アーツアンドクラフツは、イギリスのウイリアム・モリスが提唱した芸術運動で、アールヌーボーの理論的先駆けでもあります。
機械作りの低品質の物が氾濫している現状から、中世のように手作りの物を作ろうとしたのです。
モリスはモリス商会を設立し、職人の手作業を重視して作られた商品(ジュエリー以外も家具、インテリア装飾品が作られました)を販売しますが、手作業ということもあって自分の理想を実現するには理想を求めれば求めるほどコストがかかり、うまくいかなくなります。

そして台頭してくるのが、リバティー商会(リバティ百貨店)です。
1875年、東洋に強い憧れをもったアーサー・ラセンビィ・リバティはリバティ百貨店をオープン。
ウィリアム・モリスをはじめとする革新的で最高のデザイナーたちとの交流により、「アーツ・アンド・クラフツ運動」や「アール・ヌーヴォー」といった19世紀末のデザインムーブメントにおける中心的存在となりました。

ところで「リバティ=アーツアンドクラフト」のイメージが強いと思いますが、そうである部分とそうでない部分があります。
カボションカットされた宝石やエナメル技法、金属の表面をハンマーで叩いているところ、銀の多用などアーツアンドクラフツの代表的な特徴を備えていますが、実は初期の頃の作品以外は徹底して、可能な限りマシンメイドで作られました。
アールヌーボー(アーツアンドクラフツ)が職人が理想を追い求めた芸術様式であるのに対して、その製作は商業的です。

またアールヌーボーが作家性を大事にしてサインドピースがもてはやされていたのに対し、リバティはその商品がリバティの商品として認知されることを好み、作家のサインは必要に迫られる限りは入れさせませんでした。
イギリスでもっとも商業的に成功をしたアーツアンドクラフツ運動は、アーツアンドクラフツの根本思想の真逆にあるマシンメイドによるジュエリーであったということは、なんとも皮肉な話です。
下記はアーチボルトノックスがデザインした、リバティ社のエナメルの櫛です。

リバティ社

ユーゲント・シュティール お国は変わりドイツ語圏であるドイツやオランダでもこの時代にやはり「ユーゲント・シュティール(Jugendstil)」と言われる芸術活動が盛んになります。
ユーゲントシュティールも花、葉っぱなどやはり自然からその題材を得ます。
フランスのアールヌーボーとは趣が異なり、アールーボーよりも直線を取り入れたデザインでアールデコの要素を先取りしています。
ドイツではユーゲント・シュティールのオリジナルのジュエリーを模して大量生産品も作られると言ったことが起きました。
当時の中産階級のニーズに応えるためで、テオドール・ファーナーが得意とした技法です。
これらは必ずオリジナルの銀や金より劣った金属(例えばアルパカや銅)で作られましたので、特にユーゲント・シュティールスタイルのジュエリーでは素材を確認することがより重要になります。

オランダではヨーゼフ・ホフマンがデザイン総指揮の下、Wiener Werkstaatte工房が美しいユーゲントシュティールのジュエリーを生み出しています。
ジュエリーをデザインする者、そして製作する者に分けて作り出す試みでした。

下記はヨーゼフ・ホフマンがデザインしたブローチ、1907年製作です。
フレンチアールヌーボーとは一線を画した、来たるアールデコの要素を感じさせる作品ですね。

ヨーゼフ・ホフマン

こちらはヨーゼフホフマンがデザイン、Karl PonocnyがWiener Werkstaatte工房のために製作したブローチ。
1905年製作です。

ヨーゼフ・ホフマン

下記は当店扱い、「ユーゲントシュティールのバングルブレスレット(ハナミズキ、ドイツ製、ビルマルビー)」

ユーゲントシュティールのバングルブレスレット

このようにフランスから発祥はアールヌーボーは、広くヨーロッパ各国へそして当時のアメリカにさえ影響を及ぼしました。
それぞれ作風に違いがあり面白いですが、市場では質のよくないものも比較的よく見られますので注意が必要です。

アールヌーボージュエリーのモチーフ 「薔薇(バラ)」「デイジー(西洋菊)」
自然の移ろいを表現したアールヌーボーで、多く描かれたのは草や花です。
アールヌーボー期にジュエリーのモチーフになった花に特にバラ、デイジー、スイートピー、パンジーがあります。

下記は当店扱いのデイジーをモチーフにしたネックレス。

ヒナギクのネックレス(デイジー、バロック真珠、アールヌーボー)

下記は当店扱いのパンジーをモチーフにしたアールヌーボーの指輪。

アールヌーボー指輪(クラスターリング パンジー エメラルド)

自然の儚い美しさを描いたアールヌーボーは、「葉」だけをジュエリーモチーフにすることも度々でした。
アールヌーボーの儚さは世紀末思想から来ているだけでなく「日本の美」にも多大な影響を受けています。
下記は当店で販売済みの、ジャポニズムの影響が強く見られるアールヌーボーのピアス。
薄いゴールドの葉っぱのシルエットはまさに生命が宿っているよう。
はかない自然美を圧倒的な造形美で表現しています。

アールヌーボー葉っぱのピアス(フランス、天然真珠と18金)

アールヌーボージュエリーのモチーフ「銀杏(いちょう)」
銀杏(いちょう)をモチーフにしたジュエリーは、フランスのジュエリー史においてもほぼアールヌーボーの時代だけです。
現在では、人為的な移植により世界中に分布していますが、もともとは日本が由来。
ヨーロッパへは江戸時代にわたります。
まさに「海を渡った日本の花」なのです。

それでもフランスのジュエリーにおいて、イチョウがモチーフとして表現されたのは、唯一アールヌーボーの時代です。
当時のフランスでは、ジャポニズムが席捲しており、アールヌーボーはやはり日本の影響を強く受けているのです。
ジュエリーの他にも、アールヌーボーの時代には、イチョウは版画、当時の工芸品にも好んで描かれました。
ところで銀杏(イチョウ)はフランス語では「GINKGO(ジンコ)」と呼びます。
このスペル、「銀杏(ぎんきょう)」とちょっと似ていると思いませんか?
江戸時代に日本からヨーロッパに「銀杏(Ginkyo)」という言葉が伝えられた際、「Y」と「G」が間違えられて伝わったそうです。

アールヌーボーのモチーフ「ヤドリギ(宿り木)」
宿り木(ヤドリギ)はフランスのアンティークジュエリーにおいて、特にアールヌーヴォー期に好まれたモチーフです。
宿り木はヨーロッパで古くから愛されてきた樹です。
真冬の荒野でも青々とした葉を持つ宿り木(ヤドギリ)。
春を待つ「精」が宿ると言われ、「再生」「永遠」のシンボルとして愛されてきました。
ヨーロッパでは、クリスマスの日に恋人たちがが宿り木の下でキスをするという習慣があり、それが出来ると永遠に結ばれるという言い伝えがあります。

アールヌーヴォーといえばヤドリギというほど、ヤドリギはエミールガレやドームといったアールヌーヴォーのガラス作品から当時のジュエリーにいたるまで、多くのアールヌーヴォーの作品のモチーフにされてきました。
自由な曲線が入り組んだヤドリギには、まさにアールヌーヴォーに適した題材だったのでしょう。
今でも、洗練されたジュエリーやエルメスのスカーフなどに描かれつづけています。

アンティーク宿り木のペンダント(ヤドリギ、アールヌーヴォー、3色ゴールド、)

アールヌーボーのモチーフ「ツタの葉(蔦の葉)」
ツタの葉も「永遠の愛」の象徴としてしばしばアールヌーボー期にジュエリーで描かれました。
一年中みずみずしいグリーンの葉をつけるツタは、今でも枯れないことから不滅と忠実のシンボルとされています。

蝶、昆虫
ルネラリックを始めとするアールヌーボーのジュエラーは蝶やパンジー、スイートピーと言った一般的なジュエリーモチーフのみならず、イチジク、キリギリス、蛇、スズメバチといったこれまでにないモチーフも好んで描きました。
下記は1895年にルネラリックが娘のために製作したエナメルの蝶のブローチ。
横幅9センチととても大きな作品です。
この作品は2014年9月に開催されたアンティークビエンナーレ(2年に一度パリで開催)に出展されています。

アールヌーボールネラリック

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