アンティーク葡萄ピアス(天然真珠、アールヌーボー)

純白無垢な天然真珠 1890-1900年頃のフランス製。
葡萄モチーフのピアス。
有機的な葡萄が瑞々しく描かれています。
何より真っ白な美しい真珠に目が行きます。
白いといっても現在の真珠の調整された白ではなく、ずっと自然でそして素晴らしく照りが良い真珠です。
これほど真っ白でそして艶と照りが良い真珠は昔のジュエリーでも珍しいです。
よく見ると大きさがまばらなのも(天然ものなので当然です)、この有機的なモチーフにぴったりで、その配置が抜群のセンスを感じさせます。

アールヌーボー期ならではの有機モチーフ こうした動植物がモチーフのジュエリーは、フランスでは19世紀末ー1900年頃(アールヌーボーが隆盛していた頃)に作られています。
葉っぱが重なり合っているところなど、写実的で素晴らしいです。
横から見ると特に分かりますが、随分立体的な作り。
生き生きと瑞々しい葡萄をたくみに表現しています。
地金は銀で針部分のみがゴールド。。
銀に施された細かい細工がとても高度です。
随所にセットされたマルカジットの鈍い輝きも地金の銀と絶妙にマッチしています。
お揃いのネックレスもありますので、ぜひあわせてご検討ください。

  • 幅:21mm 
    高さ:50mm 
    重量:12.5g
  • 販売価格:売り切れました。

アンティーク葡萄ピアス(天然真珠、アールヌーボー)

世界にひとつだけの一点もの

  • 葡萄の葉が重なり合っているところ、葡萄の葉と房のバランスが絶妙です
  • 横幅2センチ、縦幅5センチほどと大きめなのに、動きがあって着けやすいでし
  • 時を経てこれほど照りが良い真珠は、天然真珠の中でもとても珍しいです
  • 銀にミル打ちしたり、マルカジット入れたり、気が遠くなりそうな細かな細工です
  • 地金をこれだけ曲線的な形にするのは至難の業です
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アンティーク葡萄ピアス(天然真珠、アールヌーボー)

[通販価格:税込]:売り切れました。

アンティークエピソード[Antique episode]

アンティークジュエリーにおける天然真珠の歴史

現代では宝石の王様はダイヤモンドのようになってしますが、それは長い宝飾史のなかでは比較的近代のことで(ダイヤモンドが流行し始めるのは15世紀のフランスからで、現代のような地位を確立するのはそのずっと後です)、それ以前の宝石の王様はずっと真珠でした。
2012年6月、フランスの研究者たちが人類最初の真珠が発見しました。
発見されたのは現在のアラブ首長国連邦のウム・アル・クウェイン(Umm Al Quwain)。
ディスカバリーニュースの発表では、紀元前5547年から5235年のものと思われるとのことです。
  面白いのはこの人類最古の真珠が海からではなくお墓から発見されたということ。
死者を埋葬するときにその顔、特に上唇の上に置かれることが多かったそうです。
この発見の前までは、世界最古の真珠は日本にあったというのが世界の研究者たちの共通認識であったため、この発見はそれを覆す大きな発見なのです。
ちなみに今回発見された真珠は約2ミリ、無傷の状態でした。
と考えられてきたことが伺えます。

古い時代のジュエリーを読み解くのには古い時代の文献の他、絵画が大きなヒントを与えてくれることが多いです。
ご存知の方も多いと思いますが、真珠について知られる歴史的な逸話に「クレオパトラの真珠」があります。
エジプトのクレオパトラは、ローマから来た将軍アントニウスと饗宴の豪華さを競った宴会を開きます。
当日クレオパトラが出した食事は確かに豪華なものではありましたが、これまでアントニウスが毎夜行ってきた宴会と特にかわったものでありませんでした。
アントニウスは、この賭けは自分の勝ちだと確信します。
しかしそのとき、クレオパトラは自らの耳から大きな真珠のイアリングの片方をはずし、最上の葡萄からできたビネガーに入れて(そのビネガーは強く激しく、真珠をたちまち溶かすことができる液でした)、それを飲み干し、賭けに勝つのです。
その真珠の価値は当時、百万オンス(1オンス=28.35グラム)にも相当するものでした。
言葉に詰まったアントニオの前で、クレオパトラはさらにもう片方の真珠のイヤリングをはずし、別の器に入れようとした。
しかしこの賭けの審判を引受けた将軍ルキウス・ブランクスは、女王の手を押しとどめ、この勝負はアントニウスの負けだと宣言します。
日本も真珠とのかかわりが強い国のひとつです。
あまり知られていませんが、奈良の正倉院には今から1200年以上前の奈良時代の真珠が4000個以上保存されています。
その大半は聖武天皇の冠に使用されていたもの。
「御冠残欠」として残されています。
また。正倉院(しょうそういん)にはその他にも真珠でかざった刀や、念珠などがおさめられています。
人の命を「玉の緒」と言い、「魂」「霊」を「たま」と発音していることからも、日本において真珠も不思議な霊力を持った玉なのです。

アメリカ大陸も天然真珠との結びつきが深く、アメリカの先住民は古くから真珠を装飾品としてきました。
1492年のコロンブスによるアメリカ大陸発見以降、カリフォルニア半島先端のラパスを中心として、大規模な天然真珠の採取がはじまります。
ここでとれたものは、ヨーロッパに運ばれヨーロッパの王族貴族のジュエリーになりました。
しかしあまりに採取しすぎたため、アメリか大陸での天然真珠は一時枯渇してしまいます。
しかし2度目の採取ブームがおきます。
1857年にニュージャージーで取れた天然の淡水真珠がティファニー社に高額で買い取られると、一攫千金を狙って多くの人が押し寄せ、これが「パールラッシュ」と呼ばれています。
天然真珠の歴史の中で有名なものに、ペルシャ湾で採れる真珠があります。
現在のイランとアラビア半島にはさまれたペルシャ湾は、約4000年前、四大文明のひとつメソポタミア文明が栄えていました。

このあたりは遠浅の海で、チグリスユーフラテス川からの栄養物が堆積されて、良質なアコヤガイが生息することで昔から有名です。
この地域で取れた天然真珠を特に「オリエントパール」と呼ばれることがあり、古くからヨーロッパの王侯貴族が高く評価してきました。

現代では想像しにくいですが、真珠の特にネックレスは男性にも重用されました。
その証拠に多くの時の王や王子は、必ずその肖像画の中で身につけています。
かつての皇族関係者の正式な肖像画で、真珠のネックレスや帽子や衣類にまったく真珠を身に付けていないものは探すのが困難なほどです。
これはヨーロッパだけではありません。
インドのマハラジャはその権力の証のために、多くのジュエリーを身に着けたことで知られていますが、19世紀マハラジャが特に愛したのがやはり真珠でした。
肖像画を見るとよく分かりますが19世紀中ごろまでの真珠は必ずオフホワイトかクリーム色です。
絵画で描かれたもっとも有名な「真珠」と言えば、1665年頃に描かれたヨハネス・フェルメールによって描かれた「真珠の耳飾りの少女(The girl with the pearl earring, by Vermeer. 1665)」でしょう。
この絵にはミステリアスなところが多く、例えば注文を受けて描かれたのか、誰から注文を受けたのか、この少女が誰なのかということも不明です。
そのため、これまでこの絵画のことを題材にした小説や映画もいくつか作られていますね。
「青いターバンの少女」と呼ばれることもあり、少女のしているターバンの青色もとても印象的ですが、この絵がこれだけ人の心をひきつけているのは、やはりこの耳元の真珠によるところも大きいでしょう。
真珠はそれだけ当時も特別なもので、この絵画においてこれは真珠でなくてはこれだけの魅力は出なかったことでしょう。
真珠について想いを馳せることの出来る芸術品の一つですね。

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