イヴサンローランピアス(ゴールドメタル、ヴィンテージ)

オートクチュールの王道をいくブランドコスチュームジュエリー 1970年代のイヴサンローランのヴィンテージピアス。
地金はゴールドプレートで、全体に艶消しを施しています。
YSLのロゴの外周だけがきらりとした、上品な落ち着きが大人のコスチュームです。
黒やベージュ、オフホワイトのスーツなどクラシックな装いに このピアスは、サンローランが得意としたパンツスーツやシャツ、スーツなどクラシックな服装にぴったりです。
オートクチュールブランドのジュエリーでも、こうした超王道を行くジュエリーは少ないので、1つあるととても便利だと思います。
ぜひお揃いのネックレスも合わせてご検討ください。

  • 幅:23mm 
    高さ:28mm 
    重量:6.5g
  • 販売価格:売り切れました。

イヴサンローランピアス(ゴールドメタル、ヴィンテージ)

世界にひとつだけの一点もの

  • ゴールド一色なのに艶消しがされているので落ち着いた雰囲気です
  • 2.3センチx2.8センチと大きすぎず小さすぎず。程よい存在感があります
  • 全体の四辺を切り落とした柔らかいスクエアカットも上品です
  • 針もバネもすばらしい状態です。裏面も艶消しを施しているのが手が込んでます
  • 外周のアフリカ模様は内側から金属を打ち付けることで出してるのが分かります
  • イヴサンローランピアス(ゴールドメタル、ヴィンテージ)
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イヴサンローランピアス(ゴールドメタル、ヴィンテージ)

[通販価格:税込]:売り切れました。

アンティークエピソード[Antique episode]

ヴィンテージコスチュームジュエリー 「イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)」

日本でヴィンテージジュエリー、コスチュームジュエリーと言うと、ミリアムハスケルやトリファリのコスチュームを扱っているのでそのイメージが強いかと思います。
しかしフランスでは、VINTAGEといえば、1960-70年代前後に活躍したクチュリエたちのブランドメゾンのものを指します。 
その代表格がシャネル、クリスチャンディオール、イヴサンローラン、ランバン、ピエールカルダン等。
彼らの作ったジュエリーは、フランスでも大変な人気です。
もちろんジュエリーだけでなく、もとがクチュリエブランドですから、彼らのお洋服、バッグ、靴も大人気。
パリで開かれるヴィンテージのイベントはどれも大盛況、注目が集まっています。

ココ・シャネル、クリスチャン・ディオール、ポール・ポワレらとともに20世紀のファッション業界をリードしたイヴサンローラン。
1936年、旧フランス植民地アルジェリアに生まれます。
家族とともに、幼少時期にパリに戻り、ファッションデザイン学校Chambre Syndicale de la Haute Coutureに入学します。
イヴサンローランの略歴を語るのに欠かせないのは、もちろんクリスチャンディオール。
クリスチャンディオールが1905年生まれで、イヴサンローランが1936年年生まれ。
実に30歳以上の年が離れていた二人だが、若き日のサンローランを見出したのは、クリスチャンディオールでいた。
イブサンローランは、17歳でデザイナーデビューし、2年後にはクリスチャン・ディオールがサンローランを、ディオールのメゾンに招き入れます。
この時サンローランはまだ10代とても若かったため、周囲はサンローランの起用に反対したと言います。
しかしディオールこそは自身のメゾンを発展させてくれるのはサンローランであると、信じて疑わなかったそうです。
ディオールはサンローランに関してこのような言葉を残しているそうです。
「彼には特別な才能がある。私は彼に認められたい」。
そしてサンローランは後年になり、ディオールについてこう語っています。
「私はディオールに魅了された。
彼の前で、私は話すことができなかった。
彼は私のアートの基礎を教えてくれた。彼とともに過ごした日々は忘れない」と。
サンローランがディオールで発表したコレクションは大成功を収めます。
しかし1960年、サンローランはアルジェリア独立戦争下、フランス軍に徴兵され、そのストレスにより神経衰弱に陥り、精神病院に収容されます。
1962年、病気の完治とともに、芸術後援者であるピエール・ベルジェの出資により自身のレーベル、「イブ・サンローラン(YSL)」を設立。
2002年の引退まで約40年にわたり、トップデザイナーとして活躍。
モードの帝王」と呼ばれます。

イヴサンローランの後に続くリヴゴーシュはもちろんRive Gauche、パリの左岸を指しています。
サンローランは、左岸のサンジェルマンディプレでメゾンをスタートさせます。
しかし、これはそれまでのパリのモードの人たちにとって驚きでした。
サンローラン以前のオートクチュールメゾンは、それまでは彼らたちの顧客である金持ち階級、ブルジョワ階層が通い易い界隈であるシャンゼリーゼ大通り近辺にしていたのです。
サンローランは当時、若者たちが集まり、実存主義が論じられ、モダンジャズが聞こえ、POPアートを取り扱い始めたギャラリーが増え、知的であり芸術的でアヴァンギャルドなエリアとなりつつあったサンジェルマンを、自らの血としたのです。
イヴサンローラン自身、自ら左岸に住み(彼がピエールベルジェとともに所有し住んでいたアパルトマンも両方左岸にありました)、左岸を愛し、左岸を代表するデザイナーでありつづけました。
オートクチュールの世界でよく言われるのが、「シャネルは女性に自由を与えた、サンローランは女性に力を与えた」という言葉です。
実際サンローランより一つ前の世代に生きたシャネルはサンローランを自らの後継者と公式に発言していました。
これはどういうことかというと、二人とも男性服を女性服に転換することで、女性に力を与えた、ということで共通するものがあるのです。
2009年6月、フランスの海洋博物館では「水兵がモードを生む」というモード展が開催されました。
マリンルックとは、水兵服をベースにしたファッションスタイルのこと。
もちろん発祥の地はフランスで、その歴史は18世紀後半にまで遡ります。
しかし本格的にモード界に水兵さんの格好を取り入れたのは、もちろんココ・シャネル。
シャネルは、丈夫で着心地の良い水兵服に目をつけ、それまで女性の服に使用されることのなかったジャージー素材を取り入れ、窮屈な服から女性たちを解放します。
これが20世紀前半のこと。
そしてその継承者が、イブサンローランです。
1960年以来、イヴ・サン=ローランのファッションショーでマリンファッションが目立ち始めます。 サンローランのオートクチュール界の功績は大きく、サンローランが2002年に引退したとき、オートクチュールの幕が閉じたと言われているほどです。

イヴサンローランが最も愛した女性といえば(もっともサンローランは、生粋のゲイですが・・・)カトリーヌドヌーヴでしょう。
ドヌーヴとサンローランの付き合いは、カトリーヌドヌーヴ主演の「昼顔/ belle de jour(66)」でサンローランが衣装デザインを手がけたころに遡ります。
「昼顔」では、昼は貞淑な妻、夜は娼婦という二面性をもったカトリーヌ・ドヌーヴが見事に演じていますが、イヴ・サンローランのオートクチュール・ファッションが、息を呑むほどに美しい映画です。
ドヌーヴは特に60年代後半まで、サンローランのアイコンでありインスピレーションの源でした。
実際サンローランは「私はいつも、ドヌーヴをイメージしてデザインしている」と言う言葉を残しています。
対するドヌーヴは、「イヴは、ただドレスを作るというだけでなく、それをどのような女性が着るか、といったことまで探求してくれる人」というコメントを残しています。
そして国際映画祭などの晴れの席では、常にサンローランのドレスを愛用。
現在でもサンローランの香水や化粧品の広告モデルになっています。

またイブサンローランを語る上で、ピエールベルジュという男性の存在は欠かせません。
公私ともに数十年に渡りパートナーであった、ピエールベルジュこそ、若き日のサンローランの才能を認め開花させた人物。
若くしてクリスチャンディオールの後継デザイナーに抜擢されたサンローランですが、アルジェリア戦争に徴兵されたことをきっかけに、一時精神をわずらいます。
そして1962年にディオールを解雇されたあと、PRマンだったピエール・ベルジュの説得と援助により、サンローランは、自身のメゾン「YSL」を立ち上げるのです。
ピエールベルジュはYSLの共同設立者となりその手腕により、YSLは数十年にわたり独立経営を貫きます。
2002年のコレクションを最後に現役を引退したサンローランは、モロッコのマラケシュで余生を過ごします。
もともとアルジェリア生まれのフランス人であったサンローランにとって旧フランス植民地の北アフリカは故郷的場所です。
2008年に死去するその数年間、サンローランはピエールベルジュ以外の誰とも接触をしなかったそうです。
ピエール・ベルジェはイヴ・サン=ローランの生涯の唯一無二のパートナーだったのです。
イブサンローランとピエールベルジェは、美術コレクターとしても有名でした。
2008年6月1日死去したサンローラン。
2人は膨大な美術品をコレクションしていました。
そしてイブサンローランの死後の2009年2月、ベルジェの決意で、そのコレクションのすべてがクリスティーズ開催のオークションで競売にかけらました。
。 収集品は700点以上に及び、イブサンローランとベルジェが長年にわたり、彼らが所有するパリ左岸の2つのアパルトマンに集めてきたものには以下のような美術品が含まれました。
ピカソ、マティス、セザンヌ、ブランクーシの近代美術、アールデコ、ルネッサンスの時代の彫刻、古代のコイン、アジア美術、フランツ・ハルスなどのアンティーク絵画等々。
落札価格は総計465億円にも上り、アンティーク業界で「世紀のオークション」と話題になりました。

アンティークエピソード集 のページでは、様々なアンティークに関するエピソードをご覧いただけます。

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