アールデコジュエリー その特徴と魅力

アールデコジュエリーとは何か

1930年、著名なデザイナーであったポール・イリブ(Paul Iribe)はアールデコのジュエリーについて以下のように述べています。
「キュービズムとマシンデザインのために、花を犠牲にしている」。
アールデコ期にも以前として花や葉っぱなどの自然主義のモチーフのジュエリーも存続しつづけますが、「抽象的なジェオメトリックなデザインの台頭」なしにこの時代の動きは語れません。

下記は1927年、Lacloche Freres(当時美しいアールデコのジュエリーを多く生み出したスペインのメゾン) によるサイプレスの枝を描いたピンです。
同じく葉や枝をモチーフにしたジュエリーでも、19世紀のものとは一線を画したジュエリーであることが一目瞭然です。

Lacloche Freres

アールデコを生み出した社会要因

ではなぜそのようなラディカルな変化がデザインの世界に起きたのでしょう?
パリで「アールデコ」という新しい芸術が発祥した理由は、まずなんと言っても第一次世界大戦によって古い価値観が崩れ、女性の社会進出をはじめとした社会革新が起きたことです。
社交界で豪華なジュエリーを付けるのは前世紀から変わりませんが、当時の富裕な女性たちは、デザインの面で大きく変化したジュエリーを好むようになります。
化粧をしたりタバコもすったモダンな富裕な女性たちのライフスタイルの変化が、ジュエリーのデザインにも変化をもたらします。
彼女たちの求めた洋服やジュエリーは、第一次大戦前までの貴族社会の中で続いてきたものとは全く違うクリエイションによってもたらされています。
ドレスデザイナーたちは第一次世界大戦後のこの時代によりシンプルなラインのドレスを作り始めました。
下記は当時活躍したファッションイラストレーターGeorges Lepapeのデッサンです。
当時の女性のイメージが掴めるでしょうか?

アールデコ期の女性

加えて時の経済・金融事情も新しい装飾芸術を後押しした要因のひとつでした。
1914年以前のフランスは安定した金利に支えられた安定経済だったのに対し、20年代は毎日のようにフランの価値が下がっていく激動の時代でした。
超インフレが起こり、毎日のように通貨の価値が落ちて生きます。
1919年時に5.45フランだったアメリカドルは、1926年7月にはなんと50フランに!
このような状況のもと、人々は自分の財産を換金性の高いものへ、つまり絵画・宝石・芸術品に投資していきます。
こうしてアールヌーヴォーが陰りを見せはじめた1900年ころから冷え込んでいた宝飾業界に再びお金が流れ、活気が戻り始めるのです。

アールデコジュエリーの特徴

アールデコのジュエリーが、ひときわ煌びやかで輝きを放っているのにはいくつか理由があります。
アールデコジュエリーの主だった特徴をご説明しましょう。

宝石(ダイヤモンド)の密集度
1920-1930年代に作られたジュエリーの特徴の一つに、数多くの宝石(特にダイヤモンド)をぎっしりと、密集度高くセッティングしているという点が挙げられます。
これには19世紀後期に南アフリカでダイヤモンドの新しい鉱山が発見されて良質なダイヤモンドをふんだんに使えたと言う当時の社会事情、及びそれに伴ってダイヤモンドのカッティング技術も飛躍的に伸びたという技術面の進化も関係していまます。
ダイヤモンドのカッティングは19世紀までの伝統的なローズカットに加えて、ステップカット、バゲットカット、プリズムカット(角柱)、台形のカットなど、考えうるありとあらゆるダイヤモンドのカッティングが加わります。
その組み合わせによって、これまでと異なる宝石の屈折、光の反射を知り、革新的なジュエリーが生み出されました。
下記は当店扱いのバゲットカットのブルーサファイヤの指輪。
バゲットカットとはステップカット(宝石の外周が四角形に型どられており、ファセットが側面のガードルに対して平行に削られているもの)の一種です。

ブルーサファイヤリング

下記は当店で販売済みのアールデコブローチ。
ダイヤモンドとサファイヤが長方形、正方形、三角など様々な形にカットされています。
ダイヤモンドのセッティングも、これまでのような単純な舗装作業ではなく、光の反射を考えながら行う切嵌(きりばね)を行うた製作過程へと変化します。

 ブルーサファイアアールデコブローチ
色のコントラスト
この時代、ダイヤモンドだけを敷き詰めたジュエリーと、ビビットなカラーストーンとダイヤモンドの組み合わせたジュエリーの両方がトレンドとして存在しました。
カラーストーンを用いた場合は、はっきりとした色のコントラストをつけているのが特徴です。
最も好まれたカラーストーンはブルーサファイヤ、ルビー、エメラルドですが、「白と黒のジュエリー」も好まれました。
黒はブラックオニキス、あるいは着色されたカルセドニーが用いられました。
下記はヴィクトリア・アルバート美術館所蔵のパリのJanesich社が1925年頃に製作したドロップ型イヤリングです。
ブリリアンカットダイヤモンドに、黒く着色したカボションカットのカルセドニー、ホワイトゴールドのセッティングです。

janesich
プラチナあるいはホワイトゴールドによる繊細で目立たないセッティング
アールデコの時代は、イエローゴールドより特に宝石の周りは白の金属が好まれました。
(もちろん概してと言う意味で、イエローゴールドが用いられた秀逸なアールデコのジュエリーもあります)。
「アールデコ=プラチナ」のイメージが強いかもしれませんが、ホワイトゴールドや銀でも秀逸な作品が作られています。
下記は1934年、パリのレイモンド・テンプリエがデザインしたブローチ(ラピスラズリ、ブルーエナメル、ホワイトゴールド)。

templier

プラチナを使ったアンティークジュエリーは1920-1930年代、アールデコ期のジュエリーによく見られるようになります。
プラチナは金属そのものは19世紀中に見つかっていますが、金や銀に比べると溶かす温度が高くまた硬く加工が難しかったため、宝飾品に特に全体の地金としてプラチナが取り入れられ始めるのは1920年以降のことです。
プラチナは特徴としてよく伸びるのですが何といっても硬く、こまかな金細工を施すにはホワイトゴールドのほうが適していることも多々ありました。
どちらが良いかはジュエラーがケースバイケースで判断、もちろん好みもあります。

一方でプラチナはレースのようなデリケートなプラチナワークはもちろんのこと、オープンワークのジュエリーにも向いた金属です。
「ミルグレイン」という宝石を金属で枠留めした際、その枠の上に小さな打刻模様を連続してつける装飾方法も多く用いられていました。
特にプラチナを好んだのはカルティエです。
(カルティエがアールデコ期に製作したジュエリーの地金のほとんどはプラチナ、そしてプラチナは他のメゾンや工房より10年プラチナを早く取り入れていることでも知られています)。
下記は1930年にカルティエNY製作の花かごのブローチ。
ダイヤモンド(バゲットカットとブリリアントカット)にロッククリスタルとムーンストーンと言う白と透明色の色の組み合わせもまたアールデコならではの色彩です。

カルティエNY製作の花かごのブローチ
時代が求めたデザインの変化(幾何学的パターン)
ギャルソンルックに身を包んだショートヘアのモダンガールアンティークピアス(イヤリング)では下に長く下がるタイプのドロップイヤリング(ピアス)が再流行します。
下記は当店で販売済みの同時代のクリソプレーズとダイヤモンドのロングピアス。

クリソプレーズとダイヤモンドの超ロングピアス

そしてネックレスも長くなります。
ロングネックレスの先端に更にペンダントやタッセルを付けて更に長くすることもしばしばでした。
下記は当店扱いのアールデコ吹きガラスネックレス。

アールデコ吹きガラスネックレス

こうしたネックレス及びブレスレットは幾何学的な輪に貴石をセットしたものをつなげたものが好まれました。
下記は1930年頃のフランス製ネックレス(2本のブレスレットにもなる)、バゲットカットダイヤモンド、ブリリアンとカットダイヤモンドを幾何学的なパターンで組み合わせています。
当時の典型的なジュエリーパターンです。

janesich

異国趣味

アールデコは一方で、インドのジュエリー、東洋の芸術、古代エジプト文明、マヤ文明、アジア趣味などいろいろな異文化から影響を受けて発祥した装飾様式です。
下記は1928年にカルティエ・ロンドンがルイス・マウントバッテン伯爵の妻のために製作したブレスレット。
額にバンドのようにして身に着けることも出来るように作られています。
インドのマハラジャのジュエリーに強い影響を受けた作品で、実際にこのブレスレットのルビー、ブルーサファイヤ、エメラルドはそれ以前のインドのジュエリーから再利用したものです。

トゥッティ フルッティ

ロシアバレエ(バレエリュス)もまたアールデコに強い影響を及ぼした異文化の一つです。
ディアギレフによって1909年に結成されたバレエリュスは、ニジンスキーなどのトップダンサーの超人的なパフォーマンスはもちろん、ロシアのフォークアートをヒントにした、レオンバクストによる原色による舞台演出が成功の秘訣であったと言われてています。

またシノワズリとよばれる中国美術にも影響を受けます。
例えば「黒色と金」「黒と赤」「黒とダイヤモンド」といった強い色のコンビネーションが、エキゾチックで強いインパクトをもたらしています。
そもそも自然界には原色はあまり存在しないので、アールデコ時代以前の世界では、原色による表現というのは存在しえませんでしたが、1910-20年代にはさまざまな芸術分野で原色による表現が始まります。
こうした強い色のコンビネーションは「狂騒の時代」と呼ばれた当時の世相を反映しているようです。

フランスから世界へ羽ばたいたアールデコ

アールデコはフランスで生まれた装飾様式です。
狭義にいえばアールデコは1919-1929年のフランスに限定された装飾様式を指します。
しかしフランスで発祥したアールデコは後年、内陸ヨーロッパやアメリカにも強い影響を与えます。
特にドイツ、ベルギーやオランダ、オーストリアでは1930年代、建築、インテリア、ジュエリーとさまざまな分野で、アールデコの影響を強く受けます。
アールデコとは広義には、こうしたフランス以外のヨーロッパ諸国、そして大西洋の反対側アメリカ東海岸に派生したものも含みます。

本来のフランスのアールデコに対し、これらの国で作られたジュエリーはより大胆で現代的に「アールデコ」を解釈したものが多いです。
これらは「モデルニスト(モダニズム=現代主義)」とも形容される装飾様式に発展していきます。
こうした内陸諸国のアールデコ・モデルニストの特徴としては、ラインがより直線的であること。
対称色のみならず原色を取り入れていること。
幾何学的模様が発展して、よりクールでやや機械的になっていくという点があげられます。
素材もクロームメッキ等、より大胆な素材が使われていきます。
下記は1929年、バウハウスのインダストリアルデザイナーNaum Slutzkyがハンブルグ(ドイツ)で製作したネックレス。
素材は真鍮にクロームメッキが施されています。
バウハウスはアールデコから影響を受けた芸術様式ですが、インダストリアルデザインの要素が強く出ています。

NaumSlutzky

アールデコのジュエラーたち(ジャン・デプレ、RAMA、ジェラール・サンドス)

アールデコにも数々の名ジュエラーがいるので、代表的なジュエラーを何人かご紹介します。

ジャン・デプレ(Jean Despres)
1920-30年代に活躍したフランス人ジュエラーです。
幾何学模様の指輪や、ケルト民族の影響を受けたシルバーや真鍮、銅をハンマー打ちしたブローチで一躍有名になりました。
デプレは同時代のキュービズムの絵画から影響をうけ、その抽象的な幾何学デザインは、アールデコ様式をもっとも顕著なデザインのひとつであるとされています。
またデプレは、ピュリフォルカのテーブルウェアのデザインもいくつか手がけ、そのシルバープレートのナプキンリングなどは、世界的なオークションで非常に高価で取引されています。
現在では、ブルゴーニュ地方にあるアヴァロンという町の美術館にかなりの数のジャンデプレ作品のコレクションが所蔵されています。
下記は1932年にジャン・デプレが製作したアヴァンギャルドなペンダント(現在 美術館所蔵)。
ジャンデプレはプラチナの代わりにホワイトゴールドを用いることが多く、こちらのペンダントではゴールドを銀で塗った面白い使い方をしています。
黄色石はシトリン。

ジャンデプレ
ラマ(RAMA)
アールデコは1920年代パリではじまった装飾スタイルですが、1930年代その動きは他のヨーロッパ諸国、大陸にも広がります。
そしてフランス人以外の傑出したアールデコジュエラーを生み出しました。
そのうちの一人が、南米ウルグアイ出身のラマです。
ラマは1920-35年の間、モンテビデオ(ウルグアイの首都)で、TORRES-GARCIA というクリエーターグループと仕事をし、この頃からその作品の独創性により世界的に認知されはじめます。
彼女の作品は権威あるヨーロッパのアンティークギャラリーで稀に扱っていますがとても高価で販売されています。
ジェラール・サンドス(Gerard Sandoz)
ジェラールサンドスは1902年に、長い歴史を誇る宝飾家の家庭に生まれます。
父は当時の宝飾業界に大きな力を持ち、ジェラールは10代のときに一族が経営する宝飾店(メゾン・サンドス)のためにジュエリーデザインを手がけはじめます。
アールデコは対照的な色使いがその特徴のひとつとして挙げられていますが、それを地でいったのがまさにこのジェラールサンドス。
赤と黒の幾何学模様のシガレットケースやブローチなどが、最も有名です。
ジェラールはまたポスター作家そして画家としても活躍。
同年代のジュエラーたちとUAMとして知られる近代芸術家同盟に参加。
しかし多才であったジェラールサンドスは1931年、画家活動と映画活動に専念するため、ロワイヤル通りにあったサンドス宝飾店を閉店します。
下記は1928年にジェラールサンドスが製作した指輪。
銀、ゴールド、赤と黒のエナメル。
赤と黒の強い色のコンビネーションが印象的です。

ジェラールサンドス
シャルルジャコー(Charles Jacqueau)
シャルル・ジャコーは1885年生まれ、20 世紀前半のアール・デコの時代にカルティエで活躍した宝飾デザイナーです。
1909 年、高級宝飾店が軒を連ねるパリのラ・ペ通りのカルティエで、ジャコーの才能溢れるデザイン画は 3 代目ルイ・カルティエの目に止まり、カルティエのジュエリーデザイナーに抜擢されます。
華麗な色彩と幾何学的な形を駆使した独創的なアールデコの宝飾品を数多く生み出します。
シャルルジャコーの活躍は同時代の絵画界のトップを走り続けていたピカソにちなんで「ジュエリー界のピカソ」となぞられていました。
Paul Flato
1930-1940年代に活躍したアメリカのジュエラーです。
ヨーロッパのアールデコをもっと派手に煌びやかにアレンジして、当時のアメリカの富裕層、ハリウッドのスターなどにジュエリーを提供しました。
特にブルー系の宝石を重用し、ブルーサファイアやアクアマリンを使った大ぶりで豪華なジュエリーを作りました。
アクアマリンとダイヤモンドのブローチ、サファイアとダイヤモンドの羽の形をしたブローチ。
コンヴァーティブルのジュエリーも得意としていて、ブローチが時計にもなるもの、バングルがブローチになるものなども有名です。
この時代、アメリカは非常に景気がよく、社交界で目立つためならお金に糸目をつけなかったと言います。
ビジネスマンとしての商才にもたけ、この時代、ハーパースバザーやヴォーグなどの有名ファッション雑誌で広告を打ち始めていました。
下記は1915-1930年にPaul Flatoが製作した指輪。
フランスのアールデコとはまた異なるアメリカらしい煌びやかなジュエリーです。
ワシントンの国立アメリカ歴史博物館所蔵。

paulflato

アールデコの評価とその歴史

アールデコの評価の歴史は実はまだ浅く、これらの文化が「アールデコ」と名付けられ、ひとつの装飾様式として認められたのは、実に1966年になってからのことです。
1966年にフランス、パリ装飾美術館で行われた展覧会において、これらの文化はまず「1925年代文化」と呼ばれ、そして「アールデコ」と命名されたのです。
「アールデコ」という名前そのものは、1925年にパリで開催された「現代の装飾芸術(アールデコラティヴ)と産業美術国際博覧会」という長い会の名前の会から取られています。
この時代のことを描いた文献はあまりないのですが、中では海野 弘さん著の「アール・デコの時代」がお薦めです。
アールデコは建築から、美術、ジュエリー、ファッション、ありとあらゆる分野に及び、また世界の様々な文化の影響をうけて生まれた装飾様式であるだけに全体像が捉えにくいところがあるのですが。
この本では内容が多岐にわたり、歴史的背景や個々の事象(例えば化粧品や女性の生き方とアールデコの関わりなど)に関する記載が充実しています。
読破することでこの時代の「新しさ」とは何だたのか、その時代の息吹を大まかに掴めると思います。

1920年代から30年代のジュエリーはそのクリエーションと技術の高さから、年を追うごとにその評価が上がってきています。
たとえばこの20年でもその評価はずっと高くなってきています。
欧米を中心にしたセレブリティが近年好むのはこの時代のジュエリーで、世界のジュエリーファンの垂涎の的となっています。
現代の装いともあわせやすい現代的でソフィストケートされたアールデコジュエリー、まさに大人の女性にふさわしいアンティークジュエリーです。

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